2019年3月22日 (金)

中森明菜(1762)一時休暇

ここしばらく投稿をしていませんが、しばらくコンテンツ作成のため、休暇を取りたいと思います。
このブログは私の個人的な興味から、中森明菜さんの話題を中心に書いていますが、少々期するところがあり再整理したいと考えています。
明菜さん自身も最近は活動がなくなり心配にもなりますが、じっと見守っていくことがベストだと思うようになりました。
それで、しばらくブログ休暇を取りたいと思います。再開する場合はまたお知らせします。
以上、よろしくお願いいたします。
管理人 やっしー
#最近はブログではなく、Twitterなどの応答性の良いSNSが人気を博していますが、ここはしばらくブログのままでいきます

2019年1月30日 (水)

中森明菜(1761)with

これは新屋豊の作詞作曲編曲の作品である。新屋はこのアルバムの中でソフトなバラード曲を書いているが、この曲だけは異質である。DIVAやHEARTBREAKやX Ladyと同じ路線の曲になっている。

しかしよく聴いてみると、バラード的なメロディーラインが生きているのである。なぜ異質に感じるか? それは明菜の歌唱法が正反対だからであることに気が付いた。

つまり、同じバラード系でも、ファルセット中心でソフトに歌えば「thinking of you」「逢えなくて」「茜色の風」などのようになり、強くアグレッシブに歌えばこの曲のようになるのである。

同じ曲でも歌い方でまったく違うイメージが出る。私はこういう歌唱の方を好むので、「thinking of you」「逢えなくて」「茜色の風」なども違った歌唱をしたらどうなるのだろうかと興味がある。

2019年1月27日 (日)

中森明菜(1760)HEARTBREAK

この曲もX Ladyと同様にアップテンポでありながら、メロディーがマイナー調で歌謡曲っぽさもあり、なかなか良い感じにできている。作詞は松藤で、作曲編曲が外国人である点はX Ladyと同じ陣容であるが、日本的な雰囲気が漂う。

さらに、この曲は初回限定盤で「Heartache -michitomo remix-」として別ミックスが出ている。これがまた良いのである。身体が自然に躍動するリズムなので、歌唱&ダンスするビジュアルがあれば一層効果があっただろう。

攻撃的な音作りの曲なので、もっと張り上げる情熱的な歌唱をしていたら評判もさらに高まっただろうと思う。やや落ち着いてしっとりと歌っているのは、意識的なのかも知れないが分からない。

何度もリピートして聴くと、耳に焼き付いてくる曲だ。

補足:発音が同じHeartbreakという別の曲を、Femme Fataleで歌っており、これと混同されることがあるが、全く別の世界でどちらも好きだ、

2019年1月26日 (土)

中森明菜(1759)X lady

この曲は、アルバムの中でも1、2位ぐらいにアップテンポのノリの良いR&B的な曲で、個人的には好きな作品である。

作詞は松藤がしているが作曲は外国人で、洋楽と言っていい。歌詞も英語交じりで、意味は余り重要ではなさそうだ。リズムが命の曲だ。

明菜は40歳過ぎでこのリズム感を出しており、天性の才能を窺わせる。

前の曲がスローなバラードであったので余計に差が激しく感じられ、目が覚める勢いだ。

2019年1月25日 (金)

中森明菜(1758)逢えなくて

アルバム「DIVA」のこの曲は、作詞松藤量平、作曲編曲新屋豊、という珍しい組み合わせの作品である。新屋節ともいうべきバラード調で流れ、明菜の声と歌唱が”一人語り”的なところが何とも言えない味わいを感じさせる。

このような歌い方(メロディーに乗っていくというよりも、歌詞を朗読して伝えていく方法)は若いころからもやっているが、これは様々な発声・歌唱法を試みて来たが更に新しい境地を開こうとするチャレンジのような気がしてくる。

曲の品質、レベルは普通だと思う。意地悪な見方をすれば、やや単調で新屋の作品にしては凡作に聞こえる恐れもあるが、歌唱でカバーしている。(この後、FIXERなどで提供してくれた楽曲は素晴らしい。)

この曲は、この後に続く激しいダンス音楽たちの前に一服する時間の曲という趣である。そういう意味でバランスはいい。

2019年1月17日 (木)

中森明菜(1757)個人事務所

中森明菜の現在の事務所は、個人事務所FAITH、となっている。FAITHを立ち上げたのは2000年で、楽工房(音楽プロダクション)と契約してマネジメントを任せた。その前の1990年代終わりころはN.A.P.Cということだが、調べても良く分からない状態だ。レコード会社もMCAビクターからガウスに移ったが、いろいろトラブルも発生し苦労した時期だ。

そもそも個人事務所は、アーティスト自身や近親者(家族なども含む)が代表者になり、企画、営業などマネジメントをするところであるが、大手と提携しないと上手く行かないと言われている。メディアへの露出やコンサートなど企画も、個人の人脈だけでは如何ともし難い。

2000年当初に、楽工房と提携したのは、加藤登紀子さんのつながりがあったためと思われる。加藤さんは明菜をとても心配して、自分の影響力の及ぶ事務所に声を掛けたのだろう。

だんだん人脈が増えて、レコード会社も大手のユニバーサルミュージックに移籍できた。その後は、FAITH自身がマネジメントを手掛けるようになったとのこと。レコード会社の力で、カバーアルバムやオリジナルを途切れなくリリースできたのは幸運だった。

しかし事務所の力は弱いので、なかなか大ブレイクすることはできていない。大手と提携することも考えただろうが、明菜本人が消極的なのであろう。それは過去のトラウマかも知れないし、脚光をあびながらステージに立つことに意欲を感じていないのだろう。自信がないとも考えられるが、むしろ冷静に自分の生活ペースを維持することを望んでいると考えられる。

個人事務所でも積極的に活動している人もいるわけで、なぜ明菜だけが消極的になるのか? 肉体的な理由か精神的な理由か分からないが、静に見守るのがベストであろう。

時代はどんどん変わる。地道に努力を積み重ねていれば、何かのきっかけで光が見えてくることもあるだろう。それが今年後半であれば嬉しいところである。

2019年1月16日 (水)

中森明菜(1756)REVERSE

アルバム「DIVA」の4番目の曲で”動”に属する、かなり激しいポップな曲である。作詞がRyohei Matsufuji(松藤量平)であるが、作曲は外国人である。カッコイイ曲であることは確かなのだが、明菜の持ち歌にしては座りが悪い気がするのは、洋楽が基にあるためであろう。

もちろん、それまでも英語歌詞や洋楽っぽい音楽も歌ってきたが、彼女の最大の魅力は日本語の曲でありどこか日本情緒を感じさせるメロディーやリズムだから、このような純粋洋楽っぽい作品は、ちょっと”よそ者”的雰囲気が出るのかも知れない。

私個人としては、DIVAやReverseなどこっち系統の曲は好きなので気にならないが、昔からのコアな明菜ファンは敬遠する節があるのかも知れない。

できれば、もう少し明るめのはっきりした声で歌唱すれば、違った味が出て更に良くなった可能性があるのではないか、と思ってしまう。しかし、それでも今後もこういう路線を時々出していく戦略もアリだろう。

2019年1月15日 (火)

中森明菜(1755)thinking of you

アルバム「DIVA」の第3番目の曲だが、DIVAと逆のスローバラード調である。このアルバムも静と動を交互に配置した構成になっている。一本調子にならないように気遣ったためであろう。

バラード曲の担当は新屋豊である。新屋はこの後の2017年「FIXER」においても「雨月」「Lotus」など名曲を書いており、明菜スタッフのキーパーソンの一人である。

thinking of youは、「あなたのことを想っている。あなたの思い出。」というような意味がテーマだと思うが、明菜も気持ちを込めてソフトに歌っている。しかし、別れた昔の人を”残念だったね””元気でやりなよ”ぐらい突き放して強く歌えば、更に良かったかもしれないと思ったりする。丁度、かつて「駅」のときのような想定外の歌い方をしたら面白かったかもしれない。

しかし明菜の性格上それはできないのだろう。根っこが優しさの塊で、自分が引き下がる人だから。せめて歌の世界だけでも、”上から目線”の歌唱も聴きたい。

2019年1月14日 (月)

中森明菜(1754)DIVA

アルバム「DIVA」ではなく、楽曲「DIVA」のほうである。アルバムの主曲でもあるが、後にシングルカットされたり、ボーナスディスクにRemix盤もついており、複雑な提供形態になっている。つまり、

1. アルバム「DIVA」の第2曲目としての「DIVA」
2. アルバム「DIVA」初回限定盤のBonus Discの第1曲目の「DIVA -michitomo remix-」
3. シングル盤「DIVA Single Version」

がある。1と2は聴いたが、残念ながら3は聴いていないので完全な比較はできない。3は1.をシングルにしただけなのか? レコーディング時のテイクが違うと聞いたことがあるが不明だ。

1, 2は何度も聴いてきたつもりだが、改めて聴くとカッコよさは変わらないが、懐かしさが増しソフトにも聴こえる。

1は、2に比べ音の加工を少なくして、だいぶ地声で聞かせてくれている。それは良いが、テンポが若干緩い(遅い)ようにも感じた(今回のレビューでは)。2のremix盤のほうが、疾走感を感じさせる。このテンポの方が良い。

また、出だしのメロ「このひとに。。。」から始まる部分は、優しい声ではなく太い力強い低音の地声で聴かせてくれたほうがよかったと思う。途中からバックコーラスと被さり、パワーが出てくるが、最初からブンブン振り回したら面白かっただろう。

そういう意味で、remix盤で本編と違うものを出してくれたのは良かった。ただ、初回盤だけなので一般には届かなかったのが残念だ。どうせボーナストラックを使えるのなら、もっと多様なアレンジやミックスをしたものを入れて欲しかった。

しかし総合的には、この曲はリリース当時の中森明菜の歌手としてのメッセージを感じさせるので、良い曲だと今でも思っている。できれば、今後も、このようなメッセージ性のある力強い曲をリリースして欲しい。近年はソフトなバラード系がやや多すぎる感じだ。

2019年1月13日 (日)

中森明菜(1753)GIVE TAKE

このアルバム「DIVA」で、初めてRyohei Matsufuji(松藤量平)や新屋豊という人たちを知った。特にこの「GIVE TAKE」は松藤の作詞である。

アルバムは、ポップな曲調の作品とバラードの作品が混在しているが、松藤はポップな曲を主に書いて、新屋はどちらかと言えばバラードの曲を主に書いている。

アルバム出だしのこの曲は、凄みのある低音を聴かせる明菜の声で始まる。ダンス音楽とは言っても、軽やかなものでもなく、艶のあるラテン系でもない。ダークなクラブ系の音楽だ。

それまでの中森明菜らしくなく、洋楽指向になった。過去に「Cross My Palm」で英語アルバムを出して以来の英語基調のアルバムである。しかし、純粋英語ではなく、日本語が混じる、サザン?(違うか)のような世界。

最初このアルバムを聴いたとき、強烈なインパクトがあり、リピートしまくった。しかしやがて興奮が去り冷静になると、バラード系の「茜色の風」「Going Home」などに惹かれるようになった。しして、更に時間が経過し聴き返すと、この曲に惹かれ始めている。

アルバムは色々な味を持っているので、何度も食べたくなるのである。

2019年1月12日 (土)

中森明菜(1752)DIVA再レビュー

このアルバム「DIVA」は2009年発売で、長期休業に入る前の作品になる。私はこのアルバムの売れ行きとプロモーションが休業の原因の一つだと考えている。

というのも、それより3年前(2006年)に「DESTINATION」を出して、まさに”Destination: 目的地(行先)”の暗示が示すように、明菜としての音楽的一里塚に来た感じだった。その後はカバーに専念し、2007年「艶華」、2008年「フォーク・ソング~歌姫抒情歌」、2009年「ムード歌謡 ~歌姫昭和名曲集」「フォーク・ソング2 ~歌姫哀翔歌」を出した。

カバー歌手に変貌したかのような状態だった。2009年の時点でオリジナルが出ないor売れないと、先が厳しい状態に追い込まれていた。そして「DIVA」を出した。

しかし結果は、芳しくなかった。内容的にはアグレッシブで、R&B的な曲、クラブハウス的な曲を盛り込んで、力強く歌ったので自信はあったはずである。しかしチャートの順位も振るわず、話題にもならなかった。

これはプロモーション不足(というよりプロモーション拒否)が原因に見える。せっかくNHKのSONNGSに特集してくれた時も、「悪女」「I Love You」などカバーソングの歌唱のみで出た。もし「DIVA」を売り込んでいたら結果は違っていただろう。

この戦略はユニバーサルが取ったものか、明菜の事務所が取ったものか、不明だが、常識的には前者だろう。レコード会社的には確実に売れる方を宣伝したいから。名曲のカバーのほうが話題性があるからだ。

しかし明菜にとってはオリジナル「DIVA」を優先させて欲しかったはず。この考え方の違いが、スタッフへの不信感になり、精神的に追いつけられ、休業状態になった、と考えている。

それで、今こそ、冷静にこのアルバムを聴いて見たい。

2019年1月11日 (金)

中森明菜(1751)ひらり -SAKURA- (明菜version)

この曲は、2016年2月に出した同名のシングルを、1年半後のアルバム「明菜」に、アレンジを変えて入れたものである。歌唱は基本的に変わっていないので、レコーディングは2016年時点のものと思われる。

歌謡曲っぽいポップスなので、明菜が歌いやすいように作られていると言える。ギターのメリハリのある音が印象的で佳作と思うが、この時期の歌唱はやや不満がある。ファルセットで高音を歌うのは基本的にはアリだが、その他の部分はもう少し低音を効かせて力強い声を出してほしかった。

2017年の歌唱と2016年の歌唱はかなり違っていると感じる。「Cage」で聴かせてくれた”自然”な発声をオリジナルでも聴かせて欲しいと思う。

作詞が新藤晴一だという話題性も、控えめで盛り上がらなかったのは、この歌唱法があると思われた。

私の曲への理解不足で、音が聴こえていない恐れもあるので、あくまで私見ということで。

2019年1月10日 (木)

中森明菜(1750)明菜の壁(続き)

昨日の記事の続きです。

「中森明菜の歌を放送するのに壁がある」、という話をしましたが、80年代に限ればある程度可能になっています。単発で曲が流れることはありますし、歌唱映像が地上波でも放映されることがあります。あくまで部分的にですが。

ただ1点、地上波で流されることのない作品があります。1985年の映画 「愛・旅立ち」です。理由はJ事務所の権利関係からです。これははっきりしているので、詮索する必要はありません。

明菜の壁が”大きい"のは、実は90年代以降の曲のほうです。レコード会社「ワーナーパイオニア」を離れ、事務所も「研音」を離れた後の作品です。アルバムでは、「UNBALANCE+BALANCE」以降になります。レコード会社「MCAビクター」「ガウス」「ユニバーサルミュージック」のものです。

この結果、「愛撫」「MOONLIGHT SHADOW」などの小室作品、「永遠の扉/陽炎」「帰省」「I hope so」「Days」等のバラード、ほか多数の名曲が埋もれてしまっています。(ファンは知っていますが)

カバー曲がごくたまに、放送されることがありますが、頻度は極小です。

なお、フジテレビの「ミュージックフェア」で明菜(の過去映像)が一切放映されないのは異常としか言いようがありません。このTV局はJ事務所に気を遣っているからでしょうか。

ところで、明菜の音楽活動が不活発なのも、大いに関係あると言えます。これまで体調不良として片づけられ、紅白出演のときもその様子が伺われましたが、体調のみが原因ではないと考えます。(体調自体も精神的疲れが主なもので、他の理由が起因しているのだと思います)

主たる原因は個人事務所としての活動の制限・限界のせいでしょう。ディナーショーが継続して行えないのもこれが原因だと思っています。例えば、会場のスケジューリング、調整や演奏スタッフの調達ができなかったとか。では、なぜ個人事務所だとそれらが制約されるか? ほかのアーティストで個人事務所の人は多いのに普通に活動しています。彼らと何が違うか?

やはり、目に見えない(orあからさまな)圧力だとしか考えようがありません。いろいろ原因を挙げても合理的な説明がつきません。更にその原因を追求することができますが、明菜本人or関係者が公表・発言しないので、これ以上何も言えません。

明確なことは、どれも非常に不条理で非合理的だということです。

2019年1月 9日 (水)

中森明菜(1749)明菜の壁

昨日の夜(今日の早朝)のラジオ番組?(多分)で、アーティスト(歌手)の曲をオンエアしていた時、「中森明菜の曲に関しては高い壁がある」との発言があった模様だ。

いったいこの意味は何だろう? 確かに普段のメディアにおいて、過去の振り返り番組で明菜の歌が流れたり映像が出ることは非常に少ない。わずかに、年末のレコード大賞に関する番組でちょっと出るくらいだ。ラジオでもまずかかることはない。これが不思議でならなかったが、その理由の一端が分かる気がする。

コミュニティFM「FMえどがわ」で「歌姫、明菜へ」を毎週流しているのは、あくまで地域限定の聴取者しか聴かない放送局だから可能になっているに過ぎない。まあ、インターネットで全国聴けるのはありがたい。全国放送や広域圏の地上波、ラジオなどでは無理な話なのだ。

高い壁の背景にあるのは、レコード会社の著作権ではない。明菜を特別視する理由がないから。旧所属事務所の横やりでもないだろう。考えられるのは、放送局の自主規制であり、業界関係者からの非公式の依頼・通達などのせいだろう。

更にその理由をさかのぼれば、明菜の個人事務所に対する圧力がありそうな気がしている。誰がそれをするかは憶測では推測が付くが、ここでは言えない。よく言われるJ事務所ではないと思う。もっと大きな力が存在する。

ファンとしては、そんなことは気にせず、応援をし続けていきたい。明菜さん関係者に伝わることを祈っている。

2019年1月 8日 (火)

中森明菜(1748)fate ~運命のひと~

この曲は、「メリークリスマス-雪の雫-」の別歌詞バージョンである。作詞が水樹恵也とある。

このような異名同曲の構成はどこかであったと思ったら、「UNBALANCE+BALANCE」の「陽炎」と「永遠の扉」だった。これも一方が明菜の作詞だった。

つまり、この曲がアルバムの基幹曲というメッセージである。さらにオルゴールバージョンまで続くので一層その感じがある。

通常の歌手ではクリスマスソングは、にみんなでぎやかに騒ぐ曲のイメージがあるが、明菜のこの曲に限り、クリスマスの夜一人ひっそりと大切な人を思っているイメージである。こちらもクリスマスの過ごし方の理想の一つだろう。

アルバム「明菜」を繰り返し聴きたくなる理由がこの曲にあったことがようやくわかった。

2019年1月 7日 (月)

中森明菜(1747)Amore

この曲は作詞作曲共にCarlos K.となっているので外国人かなと思ったが、歌詞は日本語が付いている。日本語が分かる外人もいらっしゃるので別に不思議ではないのかも知れない。

タイトルの「Amore(アモーレ)」からして、昔の明菜のヒット曲「ミ・アモーレ」を意識させるようなネーミングであるし、楽曲もマイナー調の哀愁を帯びたメロディーをギターの音で奏でて、ノスタルジーを掻き立てる。

声だけは今の明菜のもので、過去と現在が交差する感覚を味わう。

この曲に限らないが、明菜に合う曲は今風の軽いものではなく重めの曲である。迎合しないでこの路線をもう少し突き進んで欲しい。

もちろん、R&Bやロックでもなんでも歌えるので幅は広げても文句は言わないが、今にない貴重品を聴けるところが中森明菜の真骨頂だと思う。

2019年1月 6日 (日)

中森明菜(1746)La.La.Bye

この曲もラテン調の歌謡で、明菜の魅力を出そうとしている。現代と合っていないのだが、逆に密度が濃く新鮮に聴こえる。

何よりも楽曲以上に明菜の歌唱に惹かれてしまう。ラテン調にしては低く重く感じるが、Bメロからサビに移ると強くなり、高まるところが良い。

作家陣は、作詞小林夕夏、作曲編曲 宗本康兵で、ライナーノーツにあるように、演奏は
Programming : 宗本康兵
Guitar : 渡辺祐太
Strings : 門脇大輔 Strings
Bandoneon : 早川純
という構成でバンドネオンが目立っている。宗本は明菜にとって不可欠の存在になっている。

歌詞の中の、”ララライ ララライ”というリフレインが耳に焼き付く。

https://youtu.be/fBFlHhenqio

2019年1月 5日 (土)

中森明菜(1745)まぼろし

この曲はスローテンポからドラマティックに高まる歌謡曲的な歌で、確かに明菜のイメージに合うように作られている感がある。昨今の昭和歌謡ブームの狙いもあるかも知れない。

作詞作曲の大石由梨香さんはコーラスにも参加している。ちなみに、ライナーノーツには、All Instruments : 岩丸正とあり、DTMで作られたと思われる。今回に限らず、今の音楽作りは生オケを使わず、コンピュータの打ち込みで作るのが普通のようだ。(昔からもあったが)

曲自体について思うのは、美しいメロディーに乗せて歌う明菜の声は魅力的なのだが、ただ一つ気になるのが最初のAメロ部分が”重い”、”平坦な音階に聞こえる”点である。昔から変わっていないと言えばそうなのだが、もう少しきめ細かく歌うと更に良くなるはず。(違った意図があるのかも知れないが)

2019年1月 4日 (金)

中森明菜(1744)雨音

音の出だし(Aメロ)からBメロに移り、サビになる成り立ちは、かつての歌謡曲っぽさがあり、明菜には合っている。歌い慣れた安定感がある。

声は今の地声で、若いころの声質とは違っているが、等身大で自然な成長を感じさせてくれ、ほっとする。CDでは楽譜どおりのきっちりしたテンポで歌っているが、生歌唱ではきっと細かい揺れを見せてくれるはずだ。そういう歌唱も是非聞いてみたい。パフォーマンスを目に浮かべながら聴いている。

作詞佐々木詩織、作曲&編曲宗本康兵で、宗本氏は新屋氏と共に、新しい明菜スタッフの一人である。明菜の特徴を掴んだ楽曲を書いてくれる。

https://youtu.be/4AQDB4Vi7HM

2019年1月 3日 (木)

中森明菜(1743)Amar es creer

このアルバムはどの曲も現在の明菜の地声が聴ける貴重なもので、彼女に会えるような気がしてリピートしたくなる。

その中で、この曲は高音を多く使っているので、ファルセット声がく、若干不満が残る。高音の歌唱が細く聞こえ、明菜独特の力強さが発揮されないのが惜しいと思う。

作詞作曲編曲が新屋豊という近年の明菜スタッフの中心メンバである。それで明菜の特徴を引き出すようなメロディー、テンポで、良い作品で好きだ。

スタジオ録音でオケに乗せて歌っているので、乾いた歌唱に聞こえる。生き生きとした息吹が弱い気がするのは仕方ないか。やはり、ステージで繰り返し歌って歌い込むとさらに良くなる気がする。

2019年1月 2日 (水)

中森明菜(1742)メリークリスマス -雪の雫-

今年は、もしかしたらオリジナルアルバムをリリースしてくれるかも知れないと期待しつつ、「明菜」から、この曲を聴いている。

明菜には珍しいクリスマスソングだったが、11月発売のアルバムだったので季節的には合っている。

「ねえ、覚えてる はじめてのふたりの日々・・・」と始まる歌詞は、明菜自身(miran)の作詞と歌詞カードに書いてある。言葉を追っていくと、過去の愛を慈しみながらも悔恨も混じっている感じが伝わる。聴いている者には、明菜自身の人生と重ね合わせがちになる。しかし、本当はそんなことはないのは当たり前なのだが、ドラマ性のある詞を書けるのは作詞家としての能力も結構あると思う。

歌唱は語り掛けるようにソフトに歌う方法である。ところどころ、ハスキーにかすれ気味に高音を歌うのは以前からもあったが、これは技巧的に使っているもので、声が出ないのをごまかしているのではないことが最近理解できた。根っからのソウルフル(魂の)シンガーなのだ。

https://youtu.be/u2WMLREg320

2019年1月 1日 (火)

中森明菜(1741)新時代に向けて飛べ!

年が明けた。いつも正月は気分が新鮮でいい。このブログも中森明菜をテーマにした2011年1月から丸8年経過した。結構長く続いているなと思う。最初の頃はそのうちネタが尽きるかも知れないと思いつつ適当に書き始めた。

きっかけが、明菜さんが無期限休業を発表したことである。特別ファンでもなかったけれども、どこか気になる存在だった。しかしこの休業宣言を境に、いろいろ調べ始め動画や作品を見たり聴いたりするうちに、虜になり嵌ってしまった。

初めの頃は病気(体調不良)による休業が心配で、応援する気持ちでいっぱいだった。どちらかというと上から目線で、子供を元気付けようとする親の気持ちである。しかし、だんだんと様相が変貌し、逆に私のほうが元気づけられて、精神的な充実感を感じていることに気が付いた。明菜さんは見た目にはパワフルに人を引っ張っていくタイプの人ではないと思えるのに、実際引っ張っていかれる不思議な人である。

昨年は特に活動がなかったけれど、今年は少しでも新しい動き(それも良い意味で)があれば嬉しい。本人、事務所、レコード会社、業界人、様々な人の影響を受けながら、事態は移り変わるだろう。多くのイベントが今年も控えていると期待したい。しかも5月に力は新元号に変わる。昭和から平成に変わった1989年は、まさにエポックメーキング的な節目だったことを回想して、今年はそれに似た年になるかもしれないと思う。

以前、立命館大学の入試問題にも出た、「北ウイングから飛べ!」(原典:雑誌世界思想42号 2015年春、立木康介著)にあやかり、新時代に向かって飛べ、という気持ちを伝えたい。

2018年12月31日 (月)

中森明菜(1740)年末の振り返り

とうとう大晦日になりました。去年2017年の年末に何を書いたのか振り返って調べると、「2017年は目立った活動はなかったが、ディナーショーを成功させ、新作アルバム(明菜、Cage)をリリースしてくれて良かった。来年はさらに楽しみである。」とのコメントをしています。

結果的に見ると、今年1年間は活動がなく新曲の発表もなく残念な年だったと思います。その理由も良く分からず、ファンからしたら不満も溜まった年だったとも言えます。平成という年号が来年4月で終了し、新しい年号に変わる節目でしたので、一層何かしらの期待感がありましたから。

その一方で、世間的には中森明菜という”80年代アイドル”に対する情報収集が進み、魅力を発見される動きが高まった年でもあります。本人不在の中で、各方面で明菜さん(及びその時代の歌手たち)に対するリスペクトがなされ、若いファンが増大しつつあります。

今後も”昭和時代”に加えて”平成時代”対する回顧や再評価が至る所でなされるでしょう。そして、昨今続いている再ブレイク(昨年の荻野目洋子さん、今年のDA PUMPなど)が来年もあるかもしれませんので、明菜さんの動向次第でどうなるか分かりません。

ただ確実に言えることは、来年以降も活動があるにせよ無いにせよ、過去の実績を紹介する映像・音源は繰り返し放送され、配信有れるでしょう。その都度新しいファン層ができるでしょう。

現在も昔からの活動を長く続けている歌手たちも多く、彼らの心意気には敬意を表したいと思います。

明菜さんは、細々とでも歌い続けてファンに対する思いを届けて欲しい。過去に囚われず新しく出発する意気込みで居て欲しい。奇しくも、来年5月1日は新元号の初日でもあり、デビュー記念日でもあります。新しい時代に再び飛び立つ明菜さんをぜひ見たいと心底思います。

2018年12月30日 (日)

中森明菜(1739)LA BOHEME

明菜さんのB面の中でもトップクラスと言える作品で、今聴いてもカッコよさが伝わります。「DESIRE」をA面にしたことは結果的に正解かも知れませんが、この曲も別にシングルカットしても良かったと思います。

タイプ的に「DESIRE」の続編という位置づけで、恋の駆け引きをテーマにしています。TVで何回か歌っていますが、NHKの「レッツゴーヤング」で歌唱したものが、振り付けが特にカッコよく痺れます。

https://youtu.be/vPIFLNsf_4k

2018年12月27日 (木)

中森明菜(1738)ユニバ盤のハイレゾ化要望

以前にも書きましたが、明菜作品でハイレゾ化が実現しているのは、ワーナーパイオニア(ワーナーミュージック)時代のオリジナルアルバムと、ユニバーサルミュージック時代の「明菜」のみです。

ワーナー時代のは古い音源ですが、レコード会社がマルチトラックのマスターテープを品質良く保存していたためハイレゾ化が出来た、とmoraサイトの記事(大人のSONY)で読んだことがあります。

1990年以降は、MCAビクターやガウス時代を経て、ユニバーサルで制作されたものなので、音源は比較的新しく、残っているはずです。それで、ぜひハイレゾ化をして欲しいと切望します。なぜなら、90年代以降の歌唱は、ウィスパーを多用し”倍音”が多そうな気がしているからです。

とりわけ、「SPOON」「will」は欲しいし、2000年代の「Resonancia」~「FIXER」までがどんな音になるか聴いてみたいです。

また、カバーアルバムもそうです。「歌姫」シリーズ、「Belie」なども興味あります。

2018年12月25日 (火)

中森明菜(1737)AGAIN

「SAND BEIGE -砂漠へ-」の後に出した1985年10月の「SOLITUDE」のB面。作詞作曲のあらい舞は初めて(かつ唯一の)の起用。
編曲は中村哲でA面の編曲者でもあります。

この時期から大人への脱皮を図っていた明菜は、声を抑えるウィスパーボイスを意識的に採用し出しました。自分の歌唱がパンチの効いたビブラート一本と思われたくなかったのも一因でしょう。

言葉を一つ一つ語り掛けるように歌う手法はデビュー後からもありましたが、更に磨きをかけて来たのがこのころです。

哀愁を帯びた声質と相まって、とても素晴らしい歌になっています。

https://www.youtube.com/watch?v=BNDOwyDB_dc
歌唱映像がないので上のサイトを掲げます。

2018年12月24日 (月)

中森明菜(1736)ロンリー・ジャーニー

B面の曲の歌唱動画を見ていると、A面以上にカッコよくきれいに見えてくるのが、明菜の凄いところです。一般には知られていませんが、ファンならば知っている曲が多く、親しみやすいメロディーラインの曲もあります。

この曲などは、明菜にしては軽めのポップスで、逆に新鮮な感じです。作詞作曲EPOというのも面白いです。歌唱映像が残っており、下記のサイトから見ることができます。

A面は「ミ・アモーレ」であり、レコード大賞曲でもあるので売れたディスクです。従って、B面のこの曲もそれなりに知られていると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=DZKWKxf0UOg&t=1984s

2018年12月23日 (日)

中森明菜(1735)ムーンライト・レター

Bメンレビューの続きです。これは、84年11月の「飾りじゃないのよ涙は」のB面として発売されました。作詞が松井五郎、作曲が井上陽水、編曲が萩田光雄です。A面との違いは作詞家だけです。

アップテンポのA面と違い、染入るようなスローバラードで、同じ陽水作品と思えないほどです。しかし実は陽水はこのようなしっとり系の曲も多く作っており、「心もよう」「帰れない二人」など枚挙にいとまありません。

萩田の編曲と松井の歌詞の組み合わせで、スタッフは明菜にこのような歌唱を求めたのでしょう。心が優しくなり、打ちひしがれた気持ちが回復していくような暖かい雰囲気をもつ曲です。

TVでの歌唱はなく、コンサートでも披露しなかったようです。A面B面シングルコレクションでのみ聴ける作品ですので、殆ど知名度はありません。しかし一度聴けば虜になるはずです。

2018年12月18日 (火)

中森明菜(1734)夜のヒットスタジオ初登場順

明菜さんの歌をレビューするときに、Youtube動画を貼り付けると直ぐに元の動画が消される傾向にあるため、中々映像を楽しむことができません。

それで文章だけでブログを書くことが増えています。

さて、昔のTV番組「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ)の歴史を何とはなしに調べると、面白いことが分かりました。歌手たちの初登場順序です。この番組は1968年11月4日からスタートしていますが、第1回ゲストとして島倉千代子、布施明、美川憲一、小川知子、ピンキーとキラーズなどが登場しました。その後も演歌からポップス、フォーク、外人など全ジャンルの人が出演しました。

明菜さん関連で興味を持ったのは、1980年以降の”アイドル”歌手です。デビュー後すぐの人もいれば、1年近く遅れた人もいます。ヒットしたかどうかも考慮されていますが、様々な力関係が働いていることが分かります。主な関係者は以下の通り:

岩崎良美 1980.3.10(同2.21デビュー後約20日)
松田聖子 1980.4.28(同4.1デビュー後約27日)
田原俊彦 1980.6.30(同6.21デビュー後約9日)
河合奈保子1980.6.30((同6.1デビュー後約29日)
近藤真彦 1980.11.24(同12.12デビュー前18日)
柏原芳恵 1981.6.15(80.6.1デビュー後約365日)
松本伊代 1981.11.23(同10.21デビュー後約30日)
小泉今日子 1982.3.22(同3.21デビュー後1日)
堀ちえみ 1982.4.5(同3.21デビュー後約14日)
荒井薫子 1982.4.19(同3.21デビュー後28日)
シブがき隊 1982.5.3(同5.5デビュー前2日)
石川秀美 1982.5.10(同4.21デビュー後19日)
早見優  1982.5.17(同4.21デビュー後26日)
中森明菜 1982.9.20(同5.1デビュー後140日)

これらを見てわかることは、柏原芳恵と中森明菜の「出遅れ度(遅さ)」です。特に柏原さんはひどい。通常のアイドル達は20日~30日前後で登場している。有力事務所に所属することの重要性が理解できます。柏原さんが出遅れた理由は、ヒット曲が出なかったことが要因と思われます。

これに対して明菜さんの出遅れ理由は事務所にあることが分かります。

逆にJ事務所の強さは今と同様で、マッチなどはデビュー前2週間以上前に出ています。(ドラマ俳優で人気があったためでもありますが)

同期の歌手たちがどんどん出ていくのを見ていると、悔しさと焦りがあったかも知れません。しかし才能と努力によりヒット曲に恵まれ、遅れを取り戻しやがてはトップにと上り詰めるプロセスは感動的です。

2018年12月17日 (月)

中森明菜(1733)ハイレゾ盤

最近、ハイレゾの作品を聴いてみて、今更ながら曲の良さと歌唱の上手さを実感することが出来ました。現在、各種の音楽ダウンロードサイトでは、中森明菜のハイレゾ盤をダウンロード販売しており、結構売れています。

ハイレゾ化されているのは22作品です。殆どがワーナー時代のアルバムで、最近のものは「明菜」のみです。

1. ベスト・コレクション ~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~(MQS)
2. BEST
3. BEST II
4. BEST III
5. BITTER AND SWEET
6. BEST AKINA メモワール
7. Stock 
8. POSSIBILITY
9. D404ME
10. CRIMSON   
11. バリエーション<変奏曲>   
12. プロローグ<序幕>
13. ファンタジー<幻想曲>
14. ANNIVERSARY FROM NEW YORK AND NASSAU
15. CRUISE
16. NEW AKINA エトランゼ
17. Femme Fatale
18. 不思議 
19. Cross My Palm
20. 明菜
21. SILENT LOVE
22. Seventeen

特に10. CRIMSON 、15. CRUISE、18. 不思議  20. 明菜などは欲しくて、買い物予定リストに入っています。、 スマホのハイレゾ機器では物足りず、専用のハイレゾ機を買う計画を立てています。

2018年12月11日 (火)

中森明菜(1732)過去の映像の視聴と著作権

明菜さんはTVでまったく活動しないので、最近の作品や姿は知られていません。しかし過去の映像はたくさん残っています。TV局にも、個人でTV番組を録画した人のテープにも、レコード会社にも(DVD化されたものもある)。

これらのうち、個人録画映像やDVD化映像の一部がYoutubeやそのたぐいのネットにアップされ、一般にも見れます。Youtubeにアップした人は一定のライセンス契約を結び、広告掲載を許可するなどで消されないようにしているようです。

しかし、中には無断公開ということで権利保持者から権利侵害を申し立てられ消される場合もあります。

これは日本の著作権法に従えば仕方ないことですが、一般ユーザから見ると貴重な映像が見れないのは残念にも思います。芸能事務所やレコード会社と提携していれば、問題を解決できるのでしょうが、明菜さんのような場合は難しいようです。

特に「中森明菜」の歌唱パフォーマンスは、「山口百恵」と並び、強烈なインパクトを持ち惹きつける力が強いので、権利保持者からすれば無料で見せるわけにはいかないというのが理屈です。

2人ともTV番組出演映像は、すでにDVD化されているのも多いので、それらを購入すれば済む話ですが、高価格のため一般には手に入れにくいところです。販売する側も、細かく分割するとかして価格を低くする工夫もして欲しいですね。

さらに、コミュニティーFM「FMえどがわ」の番組「歌姫、明菜へ」のような専門チャンネルを作り、そこで流すとか企画して欲しいですね。

2018年12月 9日 (日)

中森明菜(1731)椿姫ジュリアーナ

このところYoutubeのB面集映像に嵌っています。夜ヒットの映像が多いので、DVDを買えばよいのですが、ネットで見ると視聴者のコメントがあるので、楽しみが増えます。

この曲もB面集にあります。1985年に「SAND BEIGE -砂漠へ-」のB面で出た曲なので、若い盛りの明菜さんを見れます。曲自体も作詞松本一起・作曲佐藤隆・編曲井上鑑という後のシングルA面提供者で、傑作と言えます。

とにかく、84年ごろから88年ごろの明菜は、美とパワーと翳りが混合した圧倒的な魅力で迫ってきます。

https://www.youtube.com/watch?v=DZKWKxf0UOg&t=1955s

上記の映像はさっそく削除されました。Yotubeの明菜さんの映像は著作権審査が厳しく、早々に削除されます。残念です。

2018年12月 7日 (金)

中森明菜(1730)これからNaturally

これも、B面曲として傑作です。「十戒 (1984)」のB面として1984年7月に発売されました。当時は中森明菜さんに全く興味がなく、レコードやCDは買いませんでした。A面はTVで歌うのを何度か見た程度です。従って、B面曲など知る由もありませんでした。

しかし数年前(2010年前後)にYoutubeでこの歌唱映像を見とき、中々いいかもと思いました。それでも深くは感じませんでした。

さらに、A面B面の全曲集を買って聴き直すと、初々しく同時に力のある音楽に魅了されました。もう一度映像(確か「Bitter&Sweet」のライブコンサート映像だったと思いますが)を見てみると、色っぽさと幼さが混在する何とも言えない魔力に惹かれました。(最初にこの映像を見たときは、強いライトのために演歌歌手のような錯覚にとらわれましたが、何度も見ていくうちに明菜の躍動感が出て、素晴らしいと思いました)

2018年12月 2日 (日)

中森明菜(1729)夢遥か

先日、Youtubeで明菜の80年代B面集を見ていました。近年のオリジナルやカバーに聞き惚れていて古い曲はたまにしか聴かなくなりましたが、偶然これを見つけて思わず見入ってしまいました。

「夢遥か」はその一番最初に登場しますが、映像が残っている一番旧いB面曲だからとのこと。1984年の「サザン・ウインド」のB面でした。

https://youtu.be/0oxzGLwl-gw

A面曲はTVで何度も歌い、歌番組のDVDでも見られますが、B面はその機会が少なく希少価値があります。NHKの「レッツゴーヤング」での歌唱映像でしたが、まだ18歳から19歳の少女の頃で、初々しく可愛くとても魅力的です。更に、歌唱力が高まり貫禄さえ見え始めています。

この曲は作詞が庄野真代で彼女の唯一の提供曲です。庄野真代は、シンガーソングライターで、1978年に「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」などの異国情緒に溢れる大ヒット曲でブレイクしました。美人アーティストの先駆けともいえます。ただ、これらの大ヒット曲は自分の作詞作曲ではなく、翌年の「アデュー」が自身作としてのヒット曲になりました。

彼女の歌う曲の世界は、都会的雰囲気と外国の香りが混じる哀愁のある恋愛模様を描いており、明菜に近いと思いました。なお、庄野の作品に作曲や編曲でたびたび登場する小泉まさみは、「夢遥か」の作曲者でもあります。つまり、庄野のスタッフが総がかりで「夢遥か」を作ったということです。

B面にしておくのはもったいない名曲ですが、A面が「サザン・ウインド」だったため、押しやられた感じです。

明菜は、2002年にカバーアルバム「ZEROalbum~歌姫2」で庄野作品「アデュー」をカバーしました。「アデュー」は庄野への返礼の意味もあったでしょうが、すでに大人になった明菜の歌唱は素晴らしく、この曲の深さを見せてくれました。庄野作品の中でも一番だと思いました。

2018年11月26日 (月)

中森明菜(1728)系譜の伝承(その4)

「スローモーション」はアイドル曲でありながら、難易度の高い作品でした。明菜はまだ幼い16歳の時点で歌いましたが、表面的な可愛さの陰で、大人らしい歌唱を身につけていました。このデビュー曲は大ヒットまで行かなかったため、スタッフは路線を切り替えて次作を探し始めます。何しろ出だしが肝心で、出遅れると人気を取り戻すことが難しくなるからです。

そこで2作目で「少女A」を歌うことになりました。売野雅勇・芹澤廣明コンビの作品ですが、当時としてはかなり危険な賭けだっと思います。まだ両者とも駆け出しでしたから。しかし、明菜の持ち味が百恵に近いことを感知していたスタッフは、これに賭けました。売野のタイトルと歌詞が時代を敏感に嗅ぎ取ったインパクトの強いものであったことも幸いし、明菜の持ち前の「つっぱり」雰囲気が醸し出されて、ヒットにつながりました。

ここで、ポスト百恵としての位置づけが敷かれ始めました。あくまでその始まりですが。おかげで、TV出演(ザ・ベストテン、夜のヒットスタジオなど)を果たし、お茶の間まで魅力が伝わり始めました。明菜自身からすれば、デビュー曲からバンバンTVに出ていた仲間たちが羨ましくて仕方なかったでしょうから、やっとスタートラインに並べたと感じたと思います。

この後は、3曲目で清純派に戻し「セカンド・ラブ」を歌い、次は再びツッパリ路線で「1/2の神話」を歌いました。「少女A」で人気に火が付いた後は、凄まじい人気上昇ぶりで、「セカンド・ラブ」で初の1位(オリコンもベストテン番組も)を獲得し、トップのアイドルになりました。

デビュー翌年の1983年は、全アーティストの中で最も売上が高かった歌手になりました。この時点で世間の評価は、すでにポスト百恵は明菜、という認識が定着しました。明菜本人もその意識はありましたので、何かと引き合いに出され、百恵曲のカバーをやらされたりしました。

通常、優れた先人と比較されることは光栄なことと感じるでしょう。しかし同時に、度が過ぎると辟易する気持ちになります。明菜もそういう気持ちをもったかも知れませんが、デビュー前からの思い入れを総合的に考えると、「中森明菜は山口百恵を継ぐことが使命であり、世間の期待なのだ」と思ったのではないか。しかし、単に自分を殺して先人の真似をするという意味ではなく、同じ路線を引き継ぎながら発展させていく、と考えたのでしょう。実際、1985年頃以降は既に明菜自身のステータスが完成の域に近づき、百恵との比較論は少なくなりました。

その後、80年代後半は明菜のオリジナリティーが如何なく発揮されましたが、現在に至るまで「80年代アイドル」とか「百恵路線の明菜」とかの言い方がされ続けています。これは百恵の偉大さがベースにありますが、明菜自身もそういわれることに誇りを持ち続けているためだと理解しています。

要するに、尊敬する先人のDNAを後代につなげていく使命感が明菜にあり、そこがまた心に響き惹きつけられる要因だと思います。通常は、自分は自分であり比べる人はいないとか、誰かの後継と見なされたくないとか、言う人が多い業界ですが、自分を長い時間のスパンで捉えられる人間を私は尊敬しますし、好きです。

系譜の伝承は重要な概念であり、芸術性にもつながります。

<ひとまず終了>

2018年11月25日 (日)

中森明菜(1727)系譜の伝承(その3)

スター誕生の合格後に、研音を選択し、ワーナーパイオニアレコードと契約します。当時はどちらもメジャーでなく、研音は初期に研ナオコ、浅野ゆう子などを育て、1981年頃には、堀江淳(メモリーグラス)やピンクレディー解散後の増田恵子(ケイ)(すずめ)が所属し、それぞれヒットをとばしていましたが、それほど力はありませんでした。

ワーナーパイオニア(現ワーナーミュージック)は、米ワーナーブラザーズとオーディオメーカーのパイオニアが1970年に作った会社ですので、歴史は10年そこそこでした。当時の主要アーティストは、小柳ルミ子や山下達郎くらいでした。竹内まりやはやや後の1984年頃から所属します。(そういう意味で、竹内まりやや山下達郎との縁はこのころからあったことになります)

いずれにせよ、弱小会社同士と契約したわけですが、ワーナーは力を入れてくれて、明菜のデビューに向けて、先にアルバム「プロローグ」をロサンゼルスで録音することにしました。当時のロスは、世界中のアーティストにとってレコーディング機械と技術のメッカであり、憧れでした。それでデビュー前のアイドル歌手が米国レコーディングなど珍しいことでした。

明菜のスタッフは、百恵路線を考えつつも、基本である清純派路線も捨てていませんでした。どちらのタイプも録音して判断しようとしたのでしょう。「プロローグ」には両方のタイプの曲が入りました。

その後いろいろあって、来生たかお・えつ子コンビの「スローモーション」がデビュー曲に決まりました。この曲は、来生氏が百恵路線として依頼されたようですが、奥行きがある、デビュー曲にしては大変な難易度の高い作品です。明菜はこの録音で、まだ自分の声が固まっておらず色々試行した節が窺え、「スローモーション」では明るめの可愛い高音を出しています。これはその後のシングル曲では見られない貴重な発声です。当時のアイドル隆盛期の流れ「清純派」に乗りたいとの戦略があったからでしょう。

<続く>

2018年11月20日 (火)

中森明菜(1726)系譜の伝承(その2)

前回の続きです。

1980年代に入ると、百恵が引退すると共に新しいアイドル達が登場しました。松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、甲斐 智枝美等がそうです。この他に三原じゅん子がドラマ出演(3年B組金八先生)を足掛かりに歌手でもデビューしています。彼女らは、三原を除き、可愛さを前面に押し出して男子中高生をファン層に狙った売り出し方をしました。それに歌唱力も一定にありましたので、一躍ブームを引き起こしました。

TVの歌番組も隆盛を極めており、こういうTVから人気に火が付いた人たちです。百恵ロスの空虚感はある程度やわらげられたように見えましたが、直接的なファンの伝搬でいえば、70年代の石野真子、ピンクレディーらのファン層の心をつかんだと言えます。

業界では、このころオーディションが盛んで、「スター誕生」だけでなく、各地・各社の企画するスター発掘が行わており、松田聖子・河合奈保子はそういったタイプのオーディション出身者です。日テレを中心とする「スター誕生」勢力としては、百恵引退とピンクレディー人気の翳りにより、時代をリードする後継者スターが見つからない状況でした。他のオーディション出身者が人気を高めていたことに焦りがありました。甲斐千恵美や柏原芳恵もスタ誕出身者ですが、今一つブレイクしきっていない状況でした。

そこで、1981年に入り、やっと発掘した大物として登場したのが、小泉今日子と中森明菜です。百恵ロスのファン層を取り戻す人材として送り出された彼女らですが、小泉は聖子路線を踏襲し、やや新鮮味に欠けました。これに対して、明菜は容貌は可愛い系でしたが、気質や声質が百恵に近く、「ポスト百恵」アピールとして印象付けられる人材でした。

ただ、明菜のスタッフは先にデビューしていた三原じゅん子的な路線は取りませんでした。

<続く>

2018年11月12日 (月)

中森明菜(1725)系譜の伝承(その1)

最近、明菜さんが若い世代に評価されていることを述べましたが、なぜそうなのか考えたいと思います。長いのでいくつかに分けます。今回は第1回目。

かつて明菜さんがデビューした80年代初めの頃(80~82年)は、特に音楽界、歌謡界の変わり目の時期でした。当時は演歌や歌謡曲が主流から、ロックやニューミュージックが主流に切り替わる頃で、新しいポップ音楽で、シンガーソングライターという自作自演者が広がってきました。

さらに、いわゆるアイドル歌手が脚光をあびました。それ以前70年代には南沙織、小柳ルミ子、天地真理などいった人たちが出て、歌謡曲とは一線を画したポップな歌でビジュアルも兼ねて人気出ました。やがて中三トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)、岩崎宏美、ピンクレディー、キャンディーズなどが出てアイドル隆盛時代に入ります。これらの人たちは、オーディションを通してデビューしましたが、それがTVで直接見れる時代に入っていたことが人気を加速させる要因になりました。

やがて80年秋に山口百恵さんが引退しますが、この出来事は歌謡界に影響を与え、中心人物(女王)の不在、後継者が不透明になりました。またこのころは音楽的には、演歌歌謡曲、アイドルポップス、ニューミュージック、ロックおよび洋楽が混在するカオスの時代でした。美空ひばりさんなど演歌勢はいましたが、ヒットの表舞台にはいませんでしたから、時代への影響力の点では百恵さんらがあったと思います。

今の時代の音楽構成は良く分かりませんが、少なくとも一般層への浸透という意味では、カオス状態ではなく、割に単純化ないし均質化している気がします。その原因のひとつがアイドル全盛時代ということでしょう。しかし、これは80年代からのアイドル時代が続いているからではなさそうです。

<続く>

2018年11月11日 (日)

中森明菜(1724)ミ・アモーレ

今日の話題は、85年のレコード大賞曲「ミ・アモーレ」です。ただ、明菜の歌唱ではなく、作曲者松岡直哉氏のことを書きます。

ヒット曲を連発してきた当時、ついに松岡氏にこの曲を提供してもらい、最高の地位にたどり着きました。今でも当時の歌唱を聴くと、興奮がよぎります。これは通常のポップス、歌謡曲の範疇ではなく、一つ抜きんでた傑作ラテンフュージョン曲と言ってもいいです。

それは、明菜自身の歌だけでなく、インスツルメンタル演奏の曲を聴けば証明できます。

ここに掲げた映像は、松岡直哉グループが1989年7月18日 中野サンプラザで行ったコンサート風景です。クレジットによれば、Key:松岡直也 Bass:高橋ゲタ夫 Guitar:和田アキラ
Key:津垣博通 Perc:ウィリー長崎 Drums:木村万作、とあります。

この映像は色々なことを考えさせられます。まず、曲自身が素晴らしくカッコよく、ラテンの持つワクワク感、情熱を感じさせ、心が熱くなります。涙さえ出るくらいスゴイ曲であることが分かります。

次に、演奏が輪をかけて素晴らしく、プロフェッショナルのすごさを感じさせます。どのミュージシャンも心から楽しんでおり、同時にテクニックの凄さをさりげなく披露しています。

それから、日付が7月18日であり、明菜の騒動の1週間後であることが分かります。時々、聴衆の顔が映りますが、どういう気持ちで聴いていたのか、また松岡氏以下のミュージシャンたちはどう思っていたのか、聞いてみたくなります。

恐らく、そういうことを忘れさせるほど素敵なコンサートだったと思いますが、同時に明菜への回復祈願を兼ねていたのかも知れないとも思います。

そういう意味でこの映像は貴重でもあり興奮するコンテンツです。Youtubeはこういうことができるツールなので大変恩恵に与っています。

2018年11月10日 (土)

中森明菜(1723)現在の評価状況

前回に引き続き、最近の感想を書きます。メディアには全く登場せず、ファンクラブ活動でも活発でない状況が続いており、確かに心配な面もあります。しかし、様々なことが背景にあるだろうことは想像がつきますし、ファンとしては静かに応援を続けることが最善だと思います。

ネットでの評価に関して前回書きましたが、まだ「中森明菜」の全貌を捉えてみている人は少ないと思いました。最も陽の当たった1980年代の活動が主な対象でしょう。映像記録もそのころのものが一番多いわけですから仕方ありません。

しかし「(中森)明菜」の真価はメディア露出の減った90年代~現在までの活動において発揮されているのを本当のファンは知っています。90年代に歌唱法を見直し、より深い表現をするためのテクニック、"アゴーギク(独:Agogik)やディナーミク(強弱法)"、を組合せて独自の世界観を示してきました。表面的にはボソボソ声と言われる歌唱法も、強調したディナーミク(強弱法)として切り開いたと言えます。曲によりこういう歌い方が最適であると考えた歌唱法でした。

オリジナルは言うに及ばす、カバー曲でもいかんなく技法を駆使しました。こういうのを理解できるかどうかが真価を理解できるかどうかの試金石でもあります。

私は、あらゆるジャンルとも言ってよい分野に挑戦している「明菜」の真価が理解される日はまだ来ていないと思います。そういう意味で過小評価の段階だと思います。

今後、時代が変わり風潮も変わるでしょうが、こういう真価を理解される日が来ることを願って止みません。

ところで、メディアにおける「明菜」の取扱いにはおかしなところが相変わらずあります。いくら露出がなくなっているとはいえ、過去の映像を使う場合や話題を取り上げる場合に、明菜だけハブるのは不自然です。とりわけ、フジテレビはよほど明菜嫌いがいると見えて、決して取り上げない傾向があります。ぜひ直してもらいたいですね。

2018年11月 8日 (木)

中森明菜(1722)YouTube動画

今日の記事は、レビューを一休みしてネット動画を見ていた時の感想を述べます。

最近は明菜さんの音楽活動の話題が少なくなり、残念に思っているところですが、代わりにインターネットでYoutubeなどの動画を見ています。もちろんDVDで持っている映像もありますが、ネットは視聴者のコメントや反応が見られるので楽しいです。

その中で、特に「DESIRE」とか「少女A」とか幾つかの動画の人気がすごく、再生回数も毎日増えています。さらに、視聴者のコメントや評価(高低)の情報がいろいろあり、参考になったりうれしくなったりして見ています。

それらで気が付いた点は、意外に若い世代に人気が高くなっていることです。

以前からもそういう傾向は若干あり、たまに有名芸能人が明菜ファンだったりして話題になることはありましたが、まだ一般には浸透していないし、メディアから長く離れているので、知られていない傾向の方が強い印象でした。

しかし、ネットで見る限り、明菜人気は根強く広がっていることを実感しました。それはYouTubeのコメントでも表れており、40代~50代の明菜同世代が懐かしく感じているのとは別に、明菜を知らない10代~30代の世代がファンになったと言っていることにびっくりします。

ただ気になる点としては、現代の若い世代の歌手やアイドル達と比較して、現代を悲観したり蔑んだりしている人がいるのは残念でなりません。まあ、こういう当代を下げる風潮はいつでもあるものです。明菜さんが85年86年にレコード大賞を続けて取った時なども、当時の演歌勢や大御所たち、或いは新聞雑誌のメディアから、かなり厳しい評価や非難を受けたことがありました。

それで現代の人たちも同様の反応をするのだと理解しています。

重要なのは「その時に支持される芸能人(アーティストでも歌手でもアイドルでも良い)は時代を映し出しており時代にマッチングしているということ。更にその中から時代を超えて長く支持される普遍性を持っていれば、自然に残り後世に評価される。」という事実(法則)です。最も重要なことは、「後続する人に影響を与える存在になる」人は偉大だということです。

そういう意味で、今も評価をされ続けている明菜さん達は素晴らしいと思いますし、ファンとしてとても嬉しく思っています。

願わくば、もう一度我々の前で、存在感およびその魅力をアピールしてもらえれば、これ以上の幸せはありません。

2018年11月 5日 (月)

中森明菜(1721)リ・フ・レ・イ・ン

これも「北ウイング」のB面として1984年12月15日に発売されましたが、時期的に変則的でした。同年10月10日にアルバム「POSSIBILITY」も発売しておりそこにも入っている曲です。というよりも、このアルバムの中から急きょシングルカットして「北ウイング」のB面にしたというのが本当のところでしょう。

「北ウイング」はこの年のレコード大賞に向けて勝負をかけるために、あえて12月に発売したのでしょう。まだデビュー後2年しかたっていない頃に堂々とした挑戦でした。それくらい売れていたということです。

この「リ・フ・レ・イ・ン」は作詞松井五郎、作曲松田良、というスタッフです。松井氏は80年代作品では「ムーライトレター」「月夜のヴィーナス」ぐらいですが、90年代以降は「Angel Eyes」「月華」「うつつの花」「初めて出逢った日のように(訳詞)」などかなりあります。

非常に緩やかに始まるバラードで、明菜ウィスパーがさく裂しています。激しいロック調を歌う歌手が同時にこのようなバラードを歌えるというのは驚き以外の何物でもありません。

2018年11月 2日 (金)

中森明菜(1720)涙の形のイヤリング

ふたたび、80年代の曲のレビューです。これまでB面曲はまとまってしてこなかったので、順番にしています。

この曲は「北ウイング」のB面として1984年1月1日発売されました。作詞作曲は「北ウイング」と同じ康珍化・林哲司ですので、基本的音階やトーンは似ています。ダイナミックな力強さの点では「北ウイング」に譲りますが繊細な哀愁感は甲乙つけ難いです。どちらも文句ない名曲です。

なお、「北ウイング」はこの年のレコード大賞にエントリーしていますが、このために12月に再発売しており、その時のB面は「リ・フ・レ・イ・ン」でした。

「涙の形のイヤリング」は、明菜の大人っぽい色気のある歌唱をしています。まだ18歳の頃ですが、後の歌姫になる芽生えを感じさせる歌い方です。

https://youtu.be/611UB00e2do

2018年10月30日 (火)

中森明菜(1719)瑠璃色の地球

この曲のオリジナルは、1986年に松田聖子が出したアルバム「SUPREME」に収められた曲です。作詞松本隆、作曲平井夏美です。

「歌姫2」で聖子の歌をカバーする企画が上がったとき、明菜本人はかなり戸惑い、断り続けたという話も聞く。しかし、総合プロデューサー川原伸司が平井夏美本人でもあったことから、歌うことを強く説得され、ようやくレコーディングしたということでした。

オリジナルとカバーでは全く印象が違いますが、それぞれ歌手の持ち味が出ており、いい出来栄えになっていると思います。若いころは聖子バージョンが聴きやすかったのですが、年を取ると明菜盤が心にしみます。

2018年10月27日 (土)

中森明菜(1718)乙女のワルツ

この曲のオリジナルは伊藤咲子ですが、1975年に歌いヒットしました。伊藤は前年の74年に「ひまわり娘」でデビューし注目され、翌年のこの曲のヒットで人気歌手になります。

スター誕生のアイドルであり、歌手としては、中三トリオ(森昌子、山口百恵、桜田淳子)の後輩になります。

作詞阿久悠 、作曲編曲三木たかしという黄金コンビ作品で、旧い歌謡曲(大正から昭和初期)の面影を起こさせます。「ひまわり娘」も阿久悠作品ですが、「乙女のワルツ」のほうが日本的で、楽曲としては名曲と言えます。

明菜がカバーしたのが2002年ですが、現在までも本格歌手としてはほぼ唯一のカバーとなっています。オリジナルの持つ柔らかさを尊重し、高音も伸びて素直なカバーになっており、気の休まる歌です。

スター誕生の仕掛人でもあった阿久悠の代表作品の一つであるこの曲を中森明菜がカバーしたのは、とても意味のあることで、「歌姫2」の中でも傑作の一つだと思います。

2018年10月25日 (木)

中森明菜(1717)異邦人

久保田早紀がこの曲をヒットさせたのが1979年から1980年でした。TVの浦番組でも何度も歌っていましたので覚えています。

当時の久保田は20歳頃ですから、いわゆるアイドル的な存在です。しかも美人でスタイルも良く、人気がうなぎ上りに上がりました。

「異邦人」はその名の通り異国情緒の雰囲気がしますが、それもそのはずで、シルクロードのテーマとして作られたとのこと。

多くの人のカバーがありますが、明菜のカバーは本格歌手としては最初でした。なぜこの曲を選んだのか分かりませんが、異国好みの点があったのかも知れません。

強さとやさしさの中間の歌唱と言え、聴きやすい曲になっています。私は「歌姫2」の中ではベスト3以内に入ります。

2018年10月22日 (月)

中森明菜(1716)秋桜

「歌姫2」のセールスに貢献した話題作品の一つがこの曲です。山口百恵の曲を、後継者と位置づけられていた明菜がどう歌うかは皆が興味を持つところでした。

以前の「歌姫」でも「愛染橋」を歌いましたが、知名度の点ではこちらの曲がずっと上です。

さだまさしの作詞作曲で、さだ自身もセルフカバーしています。嫁に行く娘が母親(父もか)に対する思いを切々と歌った曲であり、さだも百恵も歌の趣旨を十分表現しています。(当然か)

明菜もオリジナルは子供時分から知っているので、意味は分かっていたはずです。ただ一つ違うのは、百恵が実際に結婚引退を見据えた時期なので、自分の思いを伝えられたのに対して、明菜はそれが叶えられなかったことです。

それでフィクションとしての歌の世界を表現することになるわけです。明菜が自分の母親を亡くした時期はこの曲を歌った時期より早かったと覚えています。それで、亡きはに自分の花嫁姿を見せられなかった無念さを込めて歌っているように感じました。

これは元歌の趣旨と離れているのですが、カバーする段階で自分に引き寄せて歌う覚悟を決めたと想像します。従って、他の人がカバーしているこの曲やオリジナルの世界とは違った味が出ています。

私は、百恵も勿論好きですが、明菜のこのカバーは心が慰められる好きな作品です。

2018年10月20日 (土)

中森明菜(1715)色彩のブルース

この曲が、EGO-WRAPPIN'のカバー曲だと知ったのは、CDの解説を見たからです。「歌姫2」を買って聴いた時点では、カバーという感じがせず持ち歌のような重みがありました。

ジャズやブルースのジャンルに入るのでしょうが、余りそういう区分けを意識しなくてもよいぐらいすぅーっと自然に聴けました。PVはなく、TV出演もない時期で歌唱映像がないのが残念です。半面、彼女の姿をいろいろ想像しながら聴く楽しみもあります。

ジャズ喫茶やバーなどで飲みながら聴くと一層感慨が高まるでしょう。元のEGO-WRAPPIN'の太い声で歌われるのが正統的なのかもしてませんが、ハスキーで悲しげに歌う明菜さんの声もアリだと思います。

https://youtu.be/zwvIKTo_kZg

2018年10月15日 (月)

中森明菜(1714)シングル・アゲイン

アルバム「CRIMSON」で歌った「駅」は竹内まりやからの提供でしたが、当時のスタッフと明菜さんの表現が少し偏って強調され過ぎて、作者側からの反発を招いたことは有名です。もっともこのことは、1994年に発表された竹内まりやさんのアルバム「Impressions」のライナーノーツの中で山下達郎氏が語っていることで、オリジナルが発表された1986年や竹内さんのカバーが発表された1987年にはまだ知られていませんでした。

しかも、「CRIMSON/駅」がオリコンチャート1位を取りヒットしたのに対して、竹内さんのカバーシングル「AFTER YEARS/駅」はそれほどではありませんでした。「Impressions」が大ヒットしたので世間に知られるようになったというわけです。

いずれにせよ、「駅」にまつわるエピソードが有名になり明菜さんとしても、「CRIMSON」の作者・竹内さんへのメッセージを伝えたいという意向が出てきたのではないかと想像します。

そして、このカバー「シングル・アゲイン」が2002年に発表されました。竹内さんのいわゆる不倫ソング(マイナー調の失恋ソング、別れ歌)の元祖は「駅」なので、この系統にある「シングル・アゲイン」はアンサーソングとして歌いたかったのではないか? 少なくとも、共感を感じた作品であることおは間違いないでしょう。

その結果、この歌唱が生まれました。オリジナルの竹内さんは勿論素晴らしく、大好きですが、明菜さんのカバーもそれに劣らず好きな歌唱です。声の質がこの歌に合い、むしろこちらのカバーの方がぴったりくる気がします。

2018年10月 8日 (月)

中森明菜(1713)別れの予感

明菜さんはオリジナルも多いですが、カバーも「歌姫」シリーズで相当歌っています。この曲もテレサテンの持ち歌のカバーです。

テレサテンさんは80年代に活躍した歌手で、丁度明菜さんと時期が重なります。特に演歌分野では高い人気を誇り、有線放送関係の賞は多くとりました。マイナー調の恋愛ソング、失恋ソングが多く、そういう面でも明菜さんと似ています。

この曲を入れることになった経緯は分かりませんが、心にしみる名曲で、テレサさんの歌唱も優れて、大ヒットした曲です。明菜さんのカバーも丁寧で深い味が出ています。他の曲目に話題性を取られて地味に聴こえますが、実際はアルバムの中の1、2位を争う名作品だと思います。

https://youtu.be/8-NKz6eoxpQ

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